うらしま講

毎月第3週水曜日
14時~16時 
麹町にて実施

師範以外の理事の方で参加希望の場合はメールにてご連絡下さい
  kinarinoheya@ybb.ne.jp

 

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担当 芥川
 
思い
2016/05/30

ゆう爺より

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「おもき心」

外国のひとからうらやましがられる日本とは。

小さな国でありながら工夫をして生き抜いていく努力を惜しまない国。

世界に類がない265年という長い年月、平和な国家が続いた江戸時代。その中で根付いた日本の宝である心、文化。

言葉は、漢字・ひらがな・カタカナと使い分けて表現していく。

着物文化に象徴される美的感覚、型紙のデザインだけでも数十万あるでしょう。世界が認めるデザインの国。

四季折々の自然の変化、われわれ日本人は恵まれた環境の中で、もう一度日本人としてのほこりを思い出す時が来たのではないでしょうか。

江戸時代に草主人従(そうしゅじんじゅう)という言葉があります。自然が主で人はそれに従うという自然の尊さ、人の謙虚さを表現しています。

ほっておけばどんどん消えていく日本人の誇れる「心」(おもいやり・もてなし・きくばり)。この「三つの心」の頭文字造語で「おもき心」と作りました。

「おもき心」とは、おもいやり・もてなし・きくばりの心です。

・おもいやり「純粋な心でするさま」

・もてなし「心を持って成し遂げる」

・きくばり「人への心づかい」


我々はもう一度、先人が残してくれた心を思い起こし、外国の方から常に尊敬される日本人でありたいと思います。

江戸しぐさは、人を知る一歩になるのではないかと思います。


江戸しぐさとは

 芝三光(しばみつあきら)が、小さい頃から、祖父母や近所のご年配の方などから聞かされた、江戸時代の生活の知恵を書き記した残し文を、まとめたものが「江戸しぐさ」です。「江戸しぐさ」という言葉は、昭和49年に出来た造語です。江戸時代以降の町民の、ものの考え方に一番ふさわしい言葉だろうと考えられたのです。


一般社団法人芝三光の江戸しぐさ振興会とは

 芝三光(しばみつあきら)の利き書き(ききがき)で残された江戸人の生活に関わる資料を基に作られた「江戸しぐさ」。日本の文化であろう江戸人が口伝として伝えられたものを、我々日本人としては引継ぐ義務があるのではないかと思っています。そして、少しでも多く、後世まで残していきたいと平成27年の1月22日(芝の命日)に立ち上げた会です。

 会員は、20名 内半分が団塊の世代です。これからの人達に何かを残したいという気持ちだけで頑張っています。

今、何故「江戸しぐさ」なのか

 2020年オリンピックが日本で開催されます。最終選考で「おもてなし」という言葉で一躍脚光を浴びました。

 外国人から見る日本という事で、いろいろと日本が紹介されています。その中でも日本人の心の事が、最も多く書かれているように感じます。

 世界一素晴らしい国日本と言われるのは、おもいやり、もてなし、きくばりに優れた日本人が外国人に接する姿が、感動を呼んでいると思います。茶道では当たり前の世界が、一般大衆に広まっていったのは江戸時代だと思います。人を思いやる風習は、江戸時代に培われたものではないでしょうか。みんなで協力する町づくりから、自然と出来たと思われます。

 このように世界が一目を置く、日本人の心(江戸しぐさ「おもき心」)は、そのような言葉を中心に作られたものです。先人の、世界に誇れる文化をもう一度、見なおしてみてください。

江戸しぐさの起源

 先人の知恵である「江戸しぐさ」は、現在の日本の文化のルーツではないでしょうか。

江戸時代以前の文化は、中国大陸、ヨーロッパの一部の文化が主流になっていました。徳川幕府が江戸に城を築き、武士を中心とした町、江戸時代が出来上がりました。武士だけでは町は創れません。町民の力が必要になります。そこで全国から商人、職人が集まり、江戸の町が出来ました。この時代から日本独特の文化が生まれてきたと思われます。

  町づくりの原点は、言葉でした。言葉の違う異国(各藩)の人達が集まってきました。現在でも方言で話されると意味が分からない言葉があります。でも、標準語も話せるので教えて頂けます。でも、江戸時代だったらどうでしょうか。理解が大変ではなかったでしょうか。当時の江戸(江戸弁)の言葉も独特で、いま聞いても分かりません。当時は徳川家家臣と上方の商人が多かったので、そのあたりから理解できる言葉として共通語が出来たのではないでしょうか。風習も上方を真似るのではなく江戸独自の文化が発達したと思われます。その力になったのが、商店の主たち町衆です。

 町衆たちは、新しい町を日本一の住みよい町(まほろばの町)にするために知恵を働かせ作り上げていったのだと思います。江戸幕府も同じです。新しい幕府を作るのに、町民の力が必要なことは分かっていたので、今までにない、武士と町民の協力する町づくりが行われました。そして衣食住の新しい考えの町づくりが始まりました。その中で出来た「生活の知恵」が、芝講師のいう「江戸しぐさ」です。江戸しぐさを、またの名で※繁盛しぐさ・商人しぐさとも言っている人たちがいますが、それは、江戸しぐさの一部のことを表現しています。江戸しぐさを別名で述べるのであれば、生きるための「生きのしぐさ」です。

 ※繁盛しぐさ・商人(あきんど)しぐさは「上方しぐさ」です。

最初に作られた町の範囲は、現在の日本橋から神田だそうです。一区画110㎡と言われ約300町あったそうです。道路は幅広く表通りと呼ばれ、大名行列なども通る道、人が多くすれ違える道もあり、「道路はお城の廊下」と表現して物は置かないように常に掃除をして綺麗にしていたそうです。このあたりにも将軍様と江戸人のつながりの文化があります。これも口伝として伝えられた江戸しぐさです。

人のすれ違いから、トラブルが起きないようにできた言葉が「往来しぐさ」(造語)です。このように江戸しぐさの中に出てくる「しぐさ言葉」はすべて芝の考え出した造語です。今の時代に育った方に分かりやすい表現として作られました。

 みなさんには、項目を覚えるのではなく、その中に書かれている内容を自分なりに消化をして使っていただきたいのです。

 

 江戸しぐさとらのまき

「江戸しぐさ」という言葉は、中途半端な状態で世の中に発表されました。私達、振興会は、あえて「芝三光の江戸しぐさ」と表現をして、芝先生の残された言葉(項目)を「とらのまき」と称し、未完成ですが、27930日に発表しました。まだ、残し文もございます。これから、未発表の項目も追加し「とらのまき」の完成と新たな江戸しぐさ(しぐさ童話)を作っていきたいと考えています。

過去の江戸しぐさの項目に現時点で500項目位追加(854項目)しました。さらに、三個の段ボールの残し文を整理し80項目位出てきました。残り5個です。最終的には、トータルで1000位になりそうです。

それでも未完成です。芝講師が完成半ばでこの世を去られました。残し文を我々が整理して伝えたとしても、果たして全部なのか分からないからです。

 「とらのまき」には必要な内容しか入れていません。伝えたい項目は原文でお話しして、語り手が現代風に分かりやすく説明するように出来ています。芝講師の残し文の90%位は正確に伝えています。残りの10%位は分かりづらいので手を加えています。

「江戸しぐさ」は学べば学ぶほど面白い内容です。もっと多くの方に分かりやすく伝えていけたらと思っております。

 私は、江戸しぐさを学び考え方も変わってきました。年老いて好かれる、尊敬される人に近寄れればと思うようになりました。これからますます勉強だと思います。

歳をとってもできる事、伝承です。  

江戸しぐさの項目が何故こんなに多く必要なのか

 言葉、漢字などの数が多いのは当然ですが、一般の生活の中でもいろんな言葉が使われます。同じ内容のものでも地域、人によっても読み方、意味のとらえ方も違います。通信文化の発達していない時代には、その違いをくみ取ることもできません。言葉を後世に残すことは大変な事です。芝講師がいろんな方から聞かれた内容を、少しでも多くお知らせしたく、たいした内容も書けない項目でも、いつか内容がつかめる時が来るのではないかと載せました。なぜ、こんな言葉をと疑問に感じるものもあるでしょう。前文にも述べましたように人によってのニュアンスのちょっとした違いも、芝講師は気になり残されたのではないでしょうか。読んだ方が、どのように判断されるかは、読み手に任せると言ういきな計らいだと思います。

言葉の一つ一つは、人のとらえ方で大いに変化します。江戸しぐさの中には言葉遊び、とか遊び言葉だという表現もあります。言葉の変化と使い方の楽しさを味わっていただくのも江戸人のいきな考え方です。

 現在のわれわれはどうでしょうか。遊び心があまりにもなく神経をとがらせすぎで疲れていませんか。月に一日でもいいです。一時間でもいいです。いきな事を考えて暮らしてみてはいかがですか。江戸人の気持ちが分かるかもしれません。違った見方が見つかるかもしれません。


江戸しぐさ批判本に対して

 現在、批判本が出ていますが、有難いことだと思っています。我々の分からなかった事とか、表現のまちがいだとか、考えなければならないことを教えて頂きました。感謝いたしております。

私は、「江戸しぐさ」の項目の中身は間違っていないと思っています。何ごとも、賛否があって当然です。また、考え方の違いは当然です。「江戸しぐさ」関係の本を読まれた方が判断し、自分で正しいと思われる方向をお選びになればいいと思います。

 江戸しぐさでよく勘違いをされていることを述べさせていただきます。

  1. 江戸しぐさという言葉は、昭和49年に作らえた造語です。芝三光が分かりやすく使った表現です。

  2. 江戸しぐさで表現されている事柄は、表通りにある商店の主(町衆)の人達が集まった町講によってつくられたという事です。庶民ではありません。

  3. 傘かしげ(傘おとし、傘かたげという言葉も残っています)表通りですれ違う、傘をもてる町衆たちのすれ違いの気くばりです。

  4. こぶし腰浮かせは、芝居小屋で遅れてきた人達に詰めて席を作る行為。舟の表現は渡し舟ではなく川舟でのことです。

  5. カニ歩きは、細い道ではなく、階段を着物で上がる時に正面で上がるの大変だったので横歩きしたところとか、駕籠屋が神社やお寺に行った時に横になってあがった様子などで使われていたそうです。


「江戸しぐさ」を語る上で、江戸大虐殺なる言葉が出てきます。事実ではないでしょう。江戸人からすれば平和に暮らしているときに幕府をひっくり返す新政府の行動が、新たな戦乱の世に戻す行為だと思い怖がったところから一部の人が騒ぎ反抗したことを、面白おかしく伝えられたのかも知れません。口承文化は、事実でないことも伝えて行きます。話す無責任さと受け取る無責任さで話は変化します。それをどのように判断していくかは私達個人だと思います。無責任な言葉は自然と淘汰されていくと思います。

わたしたちは、自分たちの調べた内容で正しいだろうというものを選び、後世に残していきます。

 私は、自分の人生において、参考に出来るものはどんどん吸収すべきであり、人に左右されなくわが道を行く。老いた人生、最後の我儘で生きて行きたいと思います。

                                ゆう爺より


08:37 | 投票する | 投票数(0) | コメント(0)
2016/03/14

江戸しぐさ とらのまきとは

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江戸しぐさを勉強していく中で感じたことは、考えすぎると難しいという事です。単純に考えると「江戸しぐさ」とは、生活のすべてです。江戸人の生活の考え方が、ベースになりできたものです。
私達は、芝講師の残された言葉から理解できないものをとり除き、私たちなりにまとめたものを「とらのまき」と称して作りました。
過去、世の中に300~350項目しか出てなかったものを、芝講師の残し文から見つけ、現時点で500項目位追加しました。さらに、三個の段ボールの残し文を整理し50項目位出てきました。残り5個です。最終的には、トータルで1000位になりそうです。
それでも未完成です。芝講師が完成半ばでこの世を去られました。残し文を我々が整理して伝えたとしても、果たして全部なのか分からないからです。
 「とらのまき」には必要な内容しか入れていません。伝えたい項目は原文でお話しして、語り手が現在風に分かりやすく説明するように出来ています。芝講師の残し文の90%位は正確に伝えています。残りの10%位は分かりづらいので手を加えています。
整理していく中で、思ったことは、江戸人の考え方が今の日本の文化の源だという事をつくづく感じました。
 「江戸しぐさ」は学べば学ぶほど面白い内容です。もっと多くの方に分かりやすく伝えていけたらと思っております。
 年を重ねて行き、私の物の考え方も変わってきました。年老いて好かれる、尊敬される人に成れればと思うようになりました。私の人生観が変わりました。これからますます勉強だと思います。
 私は、自分の人生において、参考に出来るものはどんどん吸収すべきであり、人に左右されなくわが道を行く。老いた人生、最後の我儘で生きて行きます。
 これからしなければならないことがあります。
「江戸しぐさとらのまき」第2弾「おもき心」を出版することと、童話をつくることです。「おもき心」は90%位できています。
童話は、これからなのでいつになるか分かりません。芝講師も童話を作りたいと思われていたそうです。ひょっとして、残し文で「江戸しぐさ」が完了し、童話で完成と考えられていたのかも知れません。
「おもき心」には現存する童話を参考に入れてみようと思っています。
第3弾は、「江戸しぐさの童話集」をつくって後世に残していきたいですね。
                                ゆう爺より


18:23 | 投票する | 投票数(1) | コメント(0)
2015/07/21

江戸しぐさとは

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芝三光の江戸しぐさとは

「江戸しぐさ」という言葉は、「芝 三光」が昭和49年に名づけたものです。

江戸しぐさの内容は、「江戸講中」にいた方たちから引き継がれた言葉です。

江戸しぐさは、江戸町衆が、江戸の町づくりの為に作った教えであり文化です。

「江戸しぐさ」に出てくる「しぐさ言葉」は、芝講師が、口承言葉をそれぞれ分かりやすく説明するために考えられた言葉です。江戸時代にあったものではありません。

短い説明しか出来ていない項目は、その言葉に「他の考え方が隠れていますよ」という教えです。直球で物事を見るのではなく、変化をさせてみてください。


 辞典の中に出てくる分かりづらい言葉の説明をさせていただきます。


江戸町民(江戸町衆・江戸町人・江戸っ子)

江戸町衆(城下町の表通りにお店を構えてる商人)「江戸人」

江戸町人(一般庶民)

江戸っ子(江戸で生まれて3代目の人から)

江戸町講(町衆が集まっている講)「現在の商店会のようなところです」

江戸講中(江戸町講に入会した人たち)「町衆」

講師(江戸町講のリーダー)

江戸講(江戸町講の講師の集まり)

言葉

江戸町言葉(共通語)地方からの人の集まりだったので、共通語が必要だった。

江戸言葉(江戸弁・江戸っ子弁)



例をあげて、江戸しぐさでよく表現されるものをご紹介します。


「傘かしげ」してすれ違う (感謝)

雨の日に、傘を差してすれ違う時、相手の方に雨のしずくがしたたり落ちないよう、傘を相手の反対側にかたむけるしぐさ

立ち止まって、相手に道をゆずるのも、一案です。

傘は高級品だったので町民の中で傘を持っていたのは江戸町衆位だったそうです。

貸し傘は、越後屋が1693年(綱吉の時代)から始めました。


刻盗人(時泥棒)は大罪人
 (してはいけない) 

突然訪ねたり、一方的に時間を変更したりして、相手の時間を奪うとして、もっとも恥ずべき行為としていました。会議なども遅刻して始まりの時間を遅らせると他の

皆さんの時間を盗んだことになります。

「弁済不能の十両の罪」とたとえられるほど、してはいけないしぐさでした。

 江戸町衆は、約束事を大事にしましたので、連絡専門の小僧さんがいました。ある大手商店の古記録に載っています。


こぶし(腰)うかし (感謝)  

となりと、こぶしひとつぶんぐらいちょっと腰をうごかせて席をつくる。芝居を見る時に、混んで来たら腰を浮かせて詰めたことからこのようによばれました。


カニ歩き (雑学)  

駕籠屋がお寺、神社などでお客さまを乗せ、駕籠を横にして階段を上り下りするさま。

江戸時代は、宿などの階段が急だったため着物を着た仲居さんが、食事を二階に運ぶ際に、一段ずつ足をそろえて横向きで上がっていく姿。


同じ言葉を使っているのに違う表現を紹介します。


「指切りげんまん」

指切りげんまん (雑学)

約束を守るしぐさが子供たちの遊びに残った。

「お夕飯の時間よ」と、家に戻ってくるよう母親から声がかかると、あちこちで「指切りげんまん」の声があがりました。明日もここで遊ぼう、といった内容ですが、子供たちにとっては大事な約束でした。昔の約束を守ると誓い合う所作の名残であります。


死んだらごめん (心得) 

約束は必ず守るという、江戸人の決意表明

約束をしたときに交わす「指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ます、指切った」と続きますが、江戸ではこのあとに「死んだらごめん」と言いました。約束を破るのは針を千本飲んでも詫びなければならないひどいことでした。でも、死んでしまったら、約束を果たせないので謝っておきますとの意味を込めました。死なない限り約束は守ると相手に誓いを立てる、大事な言葉です。


口約束(死んだらごめん) (心得)

江戸商人の真骨頂。証文がなくても、いったん約束した以上は、必ず守る。

「指切りげんまん、ウソついたら針千本飲ます。指切った。死んだらごめん」子供達の遊びに残っている唯一の江戸しぐさのフレーズである。

約束を守らないことがいかに人の道に外れているのかを、遊びの中で具体的に悟らせる江戸人の知恵でした。

「死んだらごめん」という意味は「約束を守れないのは死んだときだけ」という江戸人の決意表明を示す言葉です。



次に、後ろのページに載っています、いろはかるたと、遊びことばを少し紹介します。


「いろはかるた」

い  言ってはならない言葉「ウソ、ホント?」

ほ  ほめことば、みんな楽しく生きられる

ち  ちりをあつめて、リサイクル

む  無理押しは稚児しぐさ恥ずかしい

あ  あいさつは上下のべつなくさわやかに


「あそびことば」

講中の 努力がみのり 江戸の町

言葉には 遊びが持てる 人がいい

わたしども 謙虚な気持ち 客に受け

話しても 仲間になれぬ 友達よ

よむ人に 遊びをのこす 江戸しぐさ


「江戸しぐさ」を利用して、このような言葉遊びもできます。

最初に載せました「あいづちしぐさ」のように一つの言葉から5つの事柄がでてきました。このような遊び言葉でも、日本語の面白さを学ぶことが出来るでしょう。本当は川柳・俳句でも作りたいのですが、わたしの能力では無理ですけど。


「江戸しぐさ」を、使いこなして、いろいろな方に教えて頂きたいと願います。

授業などに取り入れて頂ければ、内容によっては子どもの心も見えてくるでしょう。

先生方も、自分を見つめ直すチャンスになるのではと思います。

私は団塊の世代です。「江戸しぐさ」を知って多くの事をまなびました。

小学校から大学まで、または社会人の方でも、充分利用できる内容だと思います。

先ず、一つの言葉を理解し、自分で消化してください。違う人生が見えてくるでしょう。


これだけの言葉の宝を多くの方に使いこなして欲しいと思います。

ゆっくり時間をかけてお読みください。

目次の項目は私の遊び言葉です。お許しください。

                                 お節介やきの ゆう爺より






19:48 | 投票する | 投票数(1) | コメント(0)
2015/03/29

私の江戸しぐさ観

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 どうして今頃、江戸しぐさを見なおそうと考えたのか、我々の世代が言い伝えをないがしろにしてきて、新しさだけを求めてきた結果一番大切な心を失ってきていると感じたからです。日本の文化は日本にしかありません。特に江戸文化が現在の我々の生活のルーツだと思います。なぜ、外国の方が日本の素晴らしさに興味を持たれるのか、そこには世界の他国にないおもき心(おもいやり・もてなし・きくばりやきづかい)の世界があるからだと思います。私たちは日本人として当たり前だと思っている事です。でも、その私たちが、日本人の心を忘れかけて来ていると感じます。特に都会ではその傾向が強いです。
江戸しぐさとのめぐり合わせは、10年位前です。面白くて本を何冊か読みました。ただの興味だけでとどまっていました。再度のめぐり合わせが昨年の一月です。和城さんと出会い、運命を感じ、江戸しぐさを見なおしました。江戸しぐさを勉強すればするほど虜になりました。なぜか、私の知らない江戸しぐさが山のように出て来たのです。考えさせられることが沢山です。
江戸しぐさの内容は講に参加されていた人たち(講中)からの聞き取りです。でも、これだけ多くの内容(800位)を聞き取られたことにビックリです。これを創作と呼ばれている方がいらっしゃいますが非常に寂しいです。今までの歴史物でもそうですが、歴史上に出てくる人物が書いたものはほとんどなく、いろんな文献及び記述として残っているものを、調べた方が想像されてつくっているものだと思います。その時代に生きている方が史実として書きつづる事が出来ますでしょうか。絶対にありえないことです。映像なりアナウンスなり間違いない証拠があるとすれば近代国家になってからでしょう。芝講師が聞きとられた800位の内容を果たしてすべてを否定出来るのでしょうか。町衆の生活における貴重な資料だと思います。中にはどうなのかと思う部分も 一部はあるかも知れません。それは現在の私たちが分らない世界なので理解できないことだからだと判断します。
何が言いたいかと申しますと、この内容の中に、これから若い方に伝えたり、自分の生活を変えたりしなければならないヒントが沢山あることです。この多くの江戸しぐさの中ですべてを理解しようと考えるのではなく、自分が必要と思う事を癖にして生活されれば有意義な人生を歩むことが出来ると思います。いいかどうかは個人差です。どのように理解し使われるかは皆さん個人で判断してください。                                 
私はここまで調べて頂いた江戸人の考え方の資料に対し感謝したいと思います。       
現在の若者には日本人としての誇りを持って堂々と世界の中で頑張っていただきたいと思います。
このような心が伝えられた背景には260年と言う戦争の無い平和な国だった江戸が作り上げた奇跡です。
                                     
                                                     芥川友慈


12:14 | 投票する | 投票数(0) | コメント(0)
2014/10/06

柿の木坂に進行中のミニ博物館

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和城会長の思いを載せて作っています。
写真は、浮世絵の一部です。
下の棚には芝先生の生活を知ることの出来る書類が展示されています。
年内には完成させて、新年に皆様に見ていただければと思っています。
芝先生の祥月命日が1月22日です。その前後を考えています。
何回かに分けて完成までを報告します。


08:59 | 投票する | 投票数(0) | コメント(0)
2014/09/28

≪うらら≫のエドFAX.

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江戸しぐさは、記録が一切 残されていないからイキですね!

「文字にすると俗化するから書いてはならぬ!」と言われていたからでしょう。

 でも、そのために多くの江戸しぐさが消えてしまったことは残念ですね。


 江戸が、ずーっと続いているうちは、親から子に、子から孫へと、口伝え、目伝えに受け継がれていったでしょうが、江戸が消滅してからは、当然のことながら、江戸しぐさもまた、江戸と運命をともにしてしまいました。

 これが、口惜しい。勿体ない。残念無念と私は思っているのです。

それで、20年ほど前に江戸しぐさの良さを見なおす会、略して「江戸の良さを見なおす会」という会を作りました。

「見直す」の直すを、漢字にしなかったことについて、N女子大のI先生が、「ちょっと意味ありげですね」と、おっしゃられましたが、さすが大学の先生(教授)だと感心すると同時に嬉しくなりました。実は、当時どうしようかと、一か月も迷った挙句の果てに「かな」に決めたからです。(詳しくは、お講席で)


 ついでにもう一つ。“うらら”のエドFAXについてです。

 ご存知のとおり、江戸言葉では、相手を尊敬して物(ことば)を誓う時には、自分のほうをへいくだらせて複数形にしましたね。例えば、「てまえども」「私ども」「こちとらら」など。

 それで、浦島等(うらしまら)略して「浦等」です。とこらが、いまの世の方々は、これをウラトウとかホトウとおっしゃいます。

 これでは、それこそ手前どもの敬意が伝わりません。そこで「うらら」とひらがなにしてみました。このウララは、私個人ではなく、江戸しぐさを伝え残そうとする人間のカタマリという気持ちもあります。そのように受け取ってくだされば、うれしいことです。(春のウララのスミダ川[]の歌を聞かれたら“うらら”を思い出してくださいな)

 それから「エドFAX.」のファックスは、当世はやりの情報機械のことではありません。これもご存じのとおり「江戸と似たもの」という意味で付けました。


 当然のことながら、当世は江戸ではないし、私も江戸(時代)生まれではありません。

江戸が消滅して4代も後から生まれた人間です。こんな青二才が、本物の江戸しぐさをどうのこうの言う資格などはありません。

 私にできることは、本物の江戸しぐさに似たものをお目にかけることです。そこで、ファクシミリ、略してFAX.としたわけです。

ご存知のように、facはラテン語で、作るとか再現するという意味があるようですね。また、simileは、似たものという意味のようですね。

 つまり、本物の江戸しぐさと似たようなもの、言うなればコピーです。悪く言えば、本物の江戸しぐさのイミテーションです。くどいようですが、イミテーションもラテン語のimitatioem(お手本)からきているようですね。

 本物をお手本にしたコピーです。それでも、「ないよりはまし」というのが、私の言い分です。


 語源が共通と言われる言葉に、シミュレーターというのがありますね。

自動車・飛行機・スペースシャトルなどに乗る人たちの訓練をする装置ですね。

私の主宰する会も「江戸しぐさnシミュレーターになれればいい」と考えたわけです。

絵の勉強をされた方ならシミリタニズムという言葉を使われるでしょう。時と場所の違う現象を一つの画面に現す技法のようですね。

 私の会も、過去の江戸しぐさを、現在に再現しようという考え方なのです。


 江戸しぐさに限らず、物事は、繰り返し繰り返し練習していないと、すぐに忘れてしまうものですね。音楽の記号にsim.というのがありますね。このシーミレも、似る、繰り返すという意味のようですね。カラオケで一般化しましたが。

 江戸しぐさも、毎日・毎日繰り返してやってなければ忘れてしまいます。私自身も、もうずいぶん忘れてしまいました。そこで、音楽ではありませんが、心の譜面にsim.

という記号を付けて、自分のイマシメにしている次第です。


 会員の方から、「江戸もとうとうファックスになったのか?」というお手紙を頂きましたが、私どものエド・ファックスは、当世ブームの電化機械に似せ付けたものではありません。

 以上、申しあげましたように、本物の江戸しぐさの良さを見なおしたいと、昔の本物を手本にして、本物に限りなく近いイミテーションをパフォーマンスしようというわけです。


 ついでに申し上げておきますと、昔は江戸をYedoという感じに発音していましたので、海外向けのリポートにはYEDO-FAX.としています。また、最近は、留学生の皆さんにもニュースを差し上げていますので、江戸を「エド」と読みやすくしたわけです。

 もちろん、はやりのファックス機械も使っています。念のため。

 では、ごめんください。


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わたしたちを応援してくれている仲間たち

活用例、本・CD

活用例
 
 相手を思いやる気持ち、人とのかかわりを大事にしてうまく生きていくということができなくなりつつある現代人に、江戸時代の生活の知恵を創作ダンスを通じて、子供たちが江戸しぐさに関心を持ってくれて、「思いやり、気配りの大切さ」がわかる人になってほしいと願っています


〇あたらしく「おもき心」が出版されます。
    今回はいろんな方々の支援により出版が実現いたします。
  
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〇本、CD
 
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