うらしま講

30年1月17日(水)
 定例会+軽い新年会
 
13時~16時30分
大東文化会館

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担当 芥川
 

≪おじいさんの独り言≫

≪おじいさんの独り言≫
 むかし、独り言を言うのが趣味のおじいさんがいました。
おじいさんは、天気のいい日は外に出て、すずめや、虫や、木や、草や、花や、空や、風などを相手に、喋ります。天気の悪い日は、自宅で、雲や、雨や、雷や、畳や、障子や、柱などに喋ります。
木は聞きました。おじいさんは、『長いこと生きていると、分かることがあるんじゃ。時代がどのように変わろうと、人間のすることは繰り返しの連続だという事じゃ』と、言い、おじいさんは、自分が見た過去のことを思い出してしゃべるのです。よく聞いていると教えられることばかりです。先日は、身なりや持ち物で人を判断することを話していました。
『人間は、愚かじゃ。人を判断するのに、身なりや持ち物ですぐに決めてしまう。立派な絹の着物や帯、キセルや煙草入れ、かんざしやぞうりなど目立つものを身に付けていると金持ち、立派な人と見栄えで判断する。騙されやすい動物である。愚かである。なぜ、すぐに判断してしまうのか、ゆっくり人となりを見ないのか、見る目が無いのだろう。お金がありそうだからツケでもいいから売ってしまう。賢い商人は目先のおカネには見向きもしないで人のしぐさを見て商いをしているね。越後屋は立派だね。現金掛け値なしとして、見栄を張る人を相手にしなかったのじゃ。掛け値で売っていた店は苦しくなってやめたとこも多かったな。』
木は思い出しました。「私達の命は永い。その中で見えることは、将来を見て、コツコツと日々を重ねて、質素倹約をしていたお店が繁盛し、永くつづいていますよ。」
商いを続けることが、そこに係わる人たちを守ることです。主は、そこを勘違いしてはなりません。
障子は聞きました。『不届き千万という言葉があったな。物事の道理や決め事に従わないで、他人はどうなっても、俺は俺という自己中心的なけしからん事を言うのじゃが、江戸の町も、各地からいろんな人が集まり、風紀が乱れて来ているな。嘆かわしいな。昔は、みんなで助け合いながら生活したもんじゃ。
「心のまほろば」といって、気配り豊かで住みやすく、おもいやりのある素晴らしいところで、もてなしの気持ちをかかげた町づくりをしたな。みんな、夢中でしたもんだ。その頃は、悪い奴は猫一匹いなかった。理想郷が出来たと喜んだものだった。それが今はなんじゃ。自分さえよければという、やからが増えて来ている。残念じゃ。』
障子は思いました。「一年に一度、私たちは張り替えられて綺麗になります。人間も暮れの大掃除で、部屋の汚れはなくしますが、人の心の大掃除をもっと出来ないもんでしょうか。一日過ぎる事で、生まれ変われるチャンスを生かすべきだと思いますけど」
障子さんの言うとおりです。人間は、考え行動出来る動物です。変われるチャンスはいつでもどこにでもあります。普通の日には出来なくても一年の節目には変われやすいのです。恥ずかしがらずにチャンスをつかみましょう。
雨は聞きました。『雨が降った日なんかすれ違う時に、傘で跳ねるしずくをすれ違う人にかけないように、自然とすれ違う逆の方向に、傘を傾け、傘もあたらないように歩いていたな、少しでも争いごとにならないように気をつかっていたよ。今は、良いことを真似ようともしない。傘がぶつかったとかでけんかになったりしているな。嘆かわしいな。心の余裕がないのだな。昔の人の知恵をどうして参考にしないのか、知恵は古いも新しいもないんだよ。利用し、活用するものが、知恵者だよ。
雨は、生きものが成長するのに、大切なものだ。雨との共有の世界を楽しむことが我々にとっては、だいじなんだ。雨はたびたび、俳句、和歌、歌などにも多く使われているね、切っても切れない物なんだよ。』
雨は思います。「雨の時のしぐさは情緒があるもんですよ。ちょっとした気配りで商いが上手く言ったり、恋が芽生えたり、大事な役割を持っているんです。是非、雨を楽しんでください。」
柱は聞きました。『恥という言葉の意味を知っているかい。目立って他人の目を気にする「恥ずかしい」とか、人間性を問われるような事態(罪)を生じると「恥っさらし」とかマイナスイメージに多く使われるが、もっと重要な事があるんだよ。自分を成長させる言葉なんだよ。恥を知ることで人生は変わる。恥を知ることで人の気持ちが分かる。上に立つ人間として大切な事であるんだよ。プラスイメージだよね。考え方で人は変われるんだよ。人間て凄いよ。人が変われる恥を話すとね、「・出来ない人を助けない自分を恥じよ・いじめる自分を恥じよ・一人になれない自分を恥じよ・己のない自分を恥じよ・否定する自分を恥じよ」という自分自身に対するいましめの心で、自責の念にかられるほどのものであり、他人にどう思われるかを憂うものではないんだよ。わかったかな。少しむつかしかったかな。いまさら、こんなことをしたら恥ずかしいかなとか、自分で勝手に考えて行動しないことが、一番恥ずかしいことだと思うよ。何歳になってもチャレンジすることは素晴らしいことだよ。柱くん』
柱は思いました。人生は、どこかで打ち切るのではなく、何歳になっても何かに挑戦することが出来るという事は、素晴らしいね。人間っていいな。他人に迷惑をかけなければ、自分の人生を楽しく、悔いなく閉じれることが出来るんだ。人間の特権だね。努力することが大切だね。
 すずめは聞きました。『すずめくんよ。俺には、いい仲間がいた。でも、俺より先にみんなあの世に行ってしまったんだ。いまは、お前たちが俺の友達だね。』鳥は相づちを打つように、ちゅんちゅんちゅんちゅんと答えました。『ありがとう。年寄りの話しを聞いてくれるのはお前たちだけだな。老いてもまだ、少しは役に立つのにな。』今日は少し愚痴が出ています。仲間の話しをしたので、いろいろ思い出しているのでしょう。『すずめくんよ。君には、仲間はいるのか。わたしは、若い頃、友達と仲間を一緒に考えていたんだ。友達から友人が出来ればいいと思っていたんだ。友達とは、なつかしさが一番。友人とは、何でも話しが出来る人。仲間とは、何かあった時に人と人との間に立って仲立ちをしてくれる人を指したんだよ。だから我々の中で話すのは、友達は贅沢品、仲間は必需品といったんだよ。仲間がたくさんいることは、ほまれだったんだよ。
わたしには、そのような仲間がいて、本当に幸せだったと思う。』ちゅんちゅんちゅんちゅんとすずめは相づちを打ってくれました。おじいさんの話しが理解できたんでしょう。すずめは、仲間を連れてきておじいさんに紹介しようと思いました。
 空は聞きました。『今日は、よいお日和だね。お日和という言葉は、商人は世辞として良く使っていたな。「こんにちは」「こんばんは」などの挨拶の語尾が「は」で終わる時などは、相手の様子を伺ったり、天気の話しをしたり、次の会話につながる言葉を使っていたんだよ。それが「世辞」なんだ。これを丁寧に「お」を付けると「お世辞」となると、心にもない話しになるので気を付けないとね。言葉は難しいんだよ。一言、間違った言葉を使うと致命傷になることがあるんだよ。本当にゆっくり考えながら話さないとね。老いてくると我がままになり、言葉が足りなくなることが多いんだ。最近つくづく考えるよ。歳は取りたくないね。』空は、大きな風呂敷でおじいさんの話しを包んでくれました。空は、おじいさんが、老いても大きな懐で若い人に、説教をしてほしいと思いました。「なかなか若い人は、老いた人の話を聞こうとしない。老いた人の話しは、自分が今まで生きた世界には無い話しがたくさんある。おおいに聞きだし自分の宝にした方がいいと思う。」お金では買えない生きた教えだからと伝えたいのでした。
空は言いました。みんなのどんな悩みでも、自分に向かって話してください。世界一広いのは私です。受け止めますよ。
 花は聞きました。『花さんや、あんた達は美しい。花の大小、色、香りを、一年通して、一生通して、みんなに安らぎを与えてくれる。「ありがとう」、気分がめげている時でも、お前たちを見ていると、気持ちが落ち着くよ、本当にいい役割だね。人間は、歳をとると若いときの美しさに未練を残す。いつまでも美しくいたいとベタベタぬりまくる。老いた時、美しく老いることを考えるべきだよな。それが出来るのが人間だよな。うわべの美しさではなく「心」の美しさを磨いて老いて役に立つ人間にならないとな。いつまでも物事を前向きにとらえて行かなくてはね。おれも、歳をわすれて頑張らないと。孫といつまでも遊んでいたいからね。』
花は、風に揺られ楽しく踊っています。おじいさんに「いつまでも、お孫さんと楽しく遊んでください」といっているかのようです。    
 雷は聞きました。『雷さんよ。いつも「ゴロゴロ ゴロゴロ」とご苦労さん。怒っている気持ちが分かるよ。世の中、夢がないね。金儲けばかり考えている。お金があっても、あの世まではもっていけないのにな。だから、いろいろと醜い争いがたくさん起こるのじゃ。金も無くては困るが、みんなで助け合い、食べていけて、楽しく語れればそれでいいじゃないか。わしも、老いて初めて分かったよ。金があることで幸せが買えると思ったが、金を払わないと、話す相手がいないよ。外に出て、明るい話声を聞くと幸せな人たちなんだなと思うよ。人の価値観の違いはあるが、人生が終わる時には、幸せだったなと思いたいな。これからは、持ってる金を有意義に使って世の中に貢献したいと思うよ。』雷は、「ゴロ ゴロ」と声を出しました。「いいことだ」と言っています。今度は、「ピカピカ ピカピカ」と稲妻を出しました。『どうしたんじゃ。そうか、人をだましたり、いばりくさったり、弱い者をいじめたり、人の気持ちの分からないやつが増えて来ている。そうだな、みんな平等なんだよな。助け合う気持ちが欲しいな。そうすることが、我々が求めた「まぼろばの世界」なんだよな。すっかり忘れていたよ。歳老いたけど、その気持ちに戻り頑張ってみよう。私にも新たな目標が出来たよ。雷君、ありがとう。』雷は、「ピカ ピカ」と光って、雲を開けて太陽を出してくれました。

おしまい  続く予定です。
 

ガキ大将

≪ガキ大将≫
 昔、村一番元気な子がいました。
ガキ大将の彼は、年下の子たちを連れて、山を駆けめぐり、川遊びをし、毎日泥まみれで遊んでいました。お母さんは、洗濯が大変でした。でも、やさしいお母さんは、元気で遊ぶ男の子を頼もしく思っていました。
彼は面倒見がよく、みんなからお兄ちゃんと慕われています。ただ、遊ぶだけではなく、山では、山菜をとったり、キノコをとったり、川では魚を取ったりして、家計を助けていました。
 12歳の頃、父親に連れられて町に行きました。初めて見るものばかりで、びっくりです。父親が飴を買って男の子にあげました。男の子は、「父ちゃんこんなおいしいもの食べた事が無い」と喜んで食べました。町から帰った男の子は、お母さんに「母ちゃん飴を食べたんだよ。美味しかったよ」お母さんは「それは良かったね。お母さんも食べたいな」と言いました。優しい男の子は、お母さんの誕生日にプレゼントをしてあげたいと思いました。
いつものように男の子は、村の子供達と遊んでいます。先日お父さんといった町の事を話ししています。当然、飴の話しになります。みんなも「飴が食べたいよ」といっています。でも、お金もない。親からももらえない。誰からともなく「どうしようか」といいました。それから子供たちは知恵をしぼりました。そして、自分たちで出来るものは何かと。山菜やキノコを採って売りに行こうという事になり、みんなで集め、男の子と他に2人の年長の子と3人で町に持っていき、八百屋さんに売りに行きました。八百屋さんは子供だけで来たので事情を聴いて、「今回だけだよ。子供だけで来て、このような事は二度と受けないよ」と言われ、7人分の飴代で買ってくれました。
その時は、この意味が分かりませんでした。
3人の子供は喜んで帰りました。そして、次の日にみんなに分けました。みんなは喜んで食べました。男の子だけは食べずにお母さんの誕生日まで、持っていました。飴を食べた事はすぐに村中に広がりました。村の大事な食料を勝手に町に持って行って売ったことで子供たちは泥棒扱いにされました。
飴の話をした男の子が、一番悪い事になりました。両親も周りから冷たい目で見られました。両親は村の人に謝りました。でも、男の子を叱りませんでした。
両親は、男の子に事情を聞きました。お父さんは、「お前のしたことは、良いことと悪い事があるぞ。飴が美味しくて話したことは言いが、みんながうらやましがるような話は良くない。みんなが食べたいからと言って、山の物を勝手にお金に変えたのは良くない。ただ、みんなに食べてもらいたいと思い行動したことは良いことだ。」と言われた。男の子は意味が良く分かりませんでした。お母さんが、男の子に「何ごとも自慢し過ぎてはいけないよ。みんなに何かしてあげようという事はいいが、人の物で与えることは泥棒と一緒だよ。良いことをしても、方法を間違うと悪い事になるんだよ。」
男の子は、「ごめんなさい。良くわかりました。二度としません。」と両親に謝りました。そして、お母さんの誕生日にと、残しておいた飴を、お母さんに出しました。男の子は、「実はお母さんの誕生日にと思い、僕の飴を残しておいたのはどうしよう。」といいました。お母さんは、やさしい男の子に、「有難う」と言い。仏壇に供えました。お母さんは、「気持ちは受け取ったよ、ありがとう。でも、これを食べるわけにはいかないよ。ご先祖様に備えよう。そして、許して頂こう。」と言って供えました。
そして、このことは終わりました。男の子は、自分のしたことで、ご先祖さまにも、他の多くのひとにも迷惑をかけることを知りました。仏壇に備えた飴を見るたびに思い出したのでした。
八百屋さんが言っていた、「二度と買わないよ」という意味も分かりました。
それから男の子は、みんなと仲良く遊びながら、二度と私ごとで、山の物を売りに行くことはありませんでした。
 このことがきっかけで、男の子は、十五歳になり、手習い所(寺子屋)の師範のお手伝いをして、20歳の頃から準師範となり、その後師範となり子供たちに生きた学問を教えたそうです。両親も子供の成長を大変喜んだそうです。

おしまい

 

人生楽しむ

江戸の葬式(観衆の江戸しぐさ)   陽のしぐさです。明るくからっとしていました。   お坊さんが、集まった稚児たちに路地説法(おまんじゅうなどを与えて、故人の徳をた   たえ、ご来光を迎える言葉)を話す。   人生芝居を立派にやりとげた役者が、舞台を去ったのですから、感動して泣くのもよし、   笑うもよし、口を聞かぬもよし、大声をあげるもよし、つまり「自然に振る舞うのが、   死者という役者を見送る観衆の江戸しぐさなり」という次第です。  お江戸の知恵(リサイクル)「稲藁」   江戸は無駄のない、ゴミの出ない循環社会。   雪隠(せっちん)にたまった排泄物の屎尿(しにょう)をすべて郊外の農村地に運び、   肥料に変えていた。   この汚物処理の仕組みによって町の衛生が保たれ、同じ時代に繁栄をしていた海外の   どんな都市よりも清潔な環境を作ることができたのです   われたもの、壊れたものなどの修理屋、すべての物をゴミにしないで再利用しました。   食べ残しの物などは、小動物のエサになりました。   ・ろうそくの流れ買い   ・とっけえべぇ(とりかえっこ)   ・資源、時間、労力を無駄に使っていませんか   ・ゴミはそれ以上減らせませんか   ・新たに買う前に、今ある何かで代用できませんか  案ずるより産むが易し(江戸っ子)     結果がどう出るかばかり考えず、やってみたら案外簡単だということです。   江戸っ子はどちらかといえば、陽気な行動派を好みました。   みんな、赤ちゃんを産んできた。大変ではあるけれど、「大丈夫、なんとかなる」こんな   体験が下敷きになっています。   「手をつけたら、やりながら考えなさい。やってみれば、いいところも悪いところも   わかる。改善点もみえてくる」と続けました。

 

私たちを応援してくれている仲間たち

活用例、本・CD

活用例
 
 相手を思いやる気持ち、人とのかかわりを大事にしてうまく生きていくということができなくなりつつある現代人に、江戸時代の生活の知恵を創作ダンスを通じて、子供たちが江戸しぐさに関心を持ってくれて、「思いやり、気配りの大切さ」がわかる人になってほしいと願っています


〇あたらしく「おもき心」が出版されます。
    今回はいろんな方々の支援により出版が実現いたします。
  
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〇本、CD
 
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