うらしま講

毎月第3週水曜日
14時~16時 
柿の木坂にて実施

師範以外の理事の方で参加希望の場合はメールにてご連絡下さい
  kinarinoheya@ybb.ne.jp

 

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担当 芥川
 

芝三光の江戸しぐさ&浦島四草

 芝三光の江戸しぐさ振興会では、このたび、二つの言葉を作りました。


一つ目は「しぐさ語り」、「しぐさ物語」、「現在しぐさ」、「地域しぐさ」を総称して「浦島四草」と呼ぶことに
しました。
「浦島」というのは芝三光のもう一つのあだ名(浦島太郎)です。


二つ目は、講演の質問で、「えどしぐさ」はどのような漢字を書くのですかと問われることがあります。
いつも「思草・志草・支草」を総称してひらかなで「しぐさ」と、説明しています。

でも、いつも何か、もの足らなく思っていました。そうした中でふと思ったのが、「自然」が抜けているこ
とです。江戸人は自然を大切にしていたそうです。自然は、みんなに平等だからです。その自然の「自」
をとって「自草」と名付けて追加をしました。これで四つの「草」、四つのしぐさができました。「芝三光の江
戸しぐさ」の新たな出発です。


「浦島四草」は、童話「浦島太郎」のような優しさ、楽しさ、憧れ、約束事などを「しぐさ語り」などとして
伝え、「過去と現代の架け橋」としての役目をし、「芝三光の江戸しぐさ」の支えとなることを願っていま
す。


江戸しぐさの中に、《眺めて飽きぬは「緑と人のしぐさ」》という言葉があります。どのような内容かと言
いますと、「見ていて気持ちがいい江戸しぐさは、美しい自然と同様にずっと眺めていたいと思わせた人
のしぐさでしょう。こうしたしぐさを確立した江戸人は、普通の暮らしをしている人たちでありながら、実は
洞察力に優れた物知りの集まりだったのではないでしょうか。自分たちの暮らしをよりよくすることにかけ
ては、熱く深く考えていたといえるでしょう。」自然と癖を伝えています。


他に、《草主人従(そうしゅじんじゅう)》「自然の偉大な営みに畏敬の念を持ち、その偉大さに従って生き
る。草は自然の代表としての主、人間はその自然の代表である草の従者。人間は、自然の中の一員とし
て生かされている。」


まとめとして

四つのしぐさ「思草」「志草」「支草」「自草」を「しぐさ」と呼ぶことにしました。

幸せを運ぶ「四つの草」になるように、我々は「芝三光の江戸しぐさ」&「浦島四草」を、多くの人々に語
り伝えていきたいと思います。

 

江戸しぐさとは、江戸人の心であり文化であり言葉である。

 
 江戸しぐさは、いつ、どこで、どのような目的で、どのような人々によってどのような組織で、最初に何から手をつけたか。

江戸しぐさという言葉は昭和49年芝三光が命名しました。江戸時代にはありませんでした。江戸時代にはそのルーツがあります。それをお話しします。

いつ

   徳川家康が江戸に幕府を築き町づくりを始めたころがルーツです。

   講として確立されたのが、1630年位だと思われます。

どこで

   江戸御府内の10%の土地の中です。現在の日本橋から神田あたりです。

どのような目的で

   町民が仲良く、共に生きていけるまほろば(素晴らしい場所、住みよい場所))の世界を作る ためです。まほろばの世界の為に、文化、道徳などを確立していきました。それが私どものいう「江戸しぐさ」です。

どのような人々によって

   江戸町衆(江戸講)によってつくられました。

   江戸町衆とは城下町の表道りに店を構えた商店の主のことです。

   当時(1630年代)の江戸の人口は30~40万人位、町民は15万人位だったそうです。

   そのなかの約2割3万人位が町衆です。町は300町あったそうです。

   明暦の大火(1657)後により町づくりが盛んになり700町ぐらいができ、町講が発達しました。吉宗の時代には900町を超え100万人の都市になりました。

どのような組織で

   町衆が集まる講です。講を現在の何々会(クラブ)と思ってください。

   江戸町講で地域の意見をまとめ、講師が持ち寄り開かれた会議が江戸講です。

   江戸講で江戸町の文化、道徳をつくったそうです。

最初に何から手をつけたか

   街づくりの中で最初の作業が共通した言葉でした。京都、大阪など地方から多くの商人、職 人が集まって町づくりが始まりました。そこで困ったのが言葉でした。各地の方言は、お互い が理解できないものが多く、みんなが理解しやすい言葉作りを始めなくてはなりませんでし   た。共通語が必要になりました。商人中心ですから「気配りのある思いやりの言葉」が生まれてきました。それを「江戸町言葉」と言います。


スローガン《おもき心の内容》

   おもいやり「純粋な心でするさま」

   もてなし「心を持って成し遂げる」

   きくばり「人への心づかい」

 

江戸しぐさとは

この問いに何度お答えしたでしょうか?


「江戸の講には及びもないが、せめて入りたや藪の講」・・というざれ歌があるようです。

 つまり、同じ志を持つ人たちが、講師をきめて集まることを「講」を開くといいます。

  それでは、講に入るにはどういう心がけをしたら良いでしょうか?

  これらは、「芝三光の江戸しぐさ」をご理解いただくための第一歩です。

1. 江戸のエチケット

“たった一枚の書きもの(はがき)でも、一人の人間と同じ価値がある。だから、たった1度、たった1枚もらったハガキでも、一生大事に持ちつづけねばならない。

ということは、そのハガキを下さった人を忘れてはいけない。盆暮れには必ず挨拶をおこたってはいけない。

万物の霊長の人間であれば、一度出会って挨拶を交わしたもの同士が、2、3年で忘れてしまえるものだろうか・・・“とうことのようです。

 
 2. お仲間を。大事におもう

    つまり、上下関係のみで物事を考えるのではないということです。 
    江戸っ子根性とは? 世のため、人のためというように、横の関係で物事を考える根性
    のようです。


 3. どうしたら良いか

  第一には、他人を見たら直ぐに好きになることである。

  第二には、あらゆる種類の人間と幅広くつきあうことである。

  第三には、心の内外に垣根を作らず、他人の子を我が子と思うことである。

 4.江戸っ子根性の練磨・こころの練磨とは?
    こころのトレーニング。「雪の雫と安穏は、安々とは手に入らない」
       水と平和は、ただでは手に入らないというのが、江戸っ子の考え方のようです。
       まだまだつづきますが、これらを演技する気持ちになれば、「江戸しぐさ」をご理解できるのでは
  ないでしょうか? 
       如何でしょうか?

  5.「江戸しぐさ」は所作ではなく、心の中の思草・志草・支草・仕草・仕種つまり考えかたとなります。
仕草とは?
そのやり方と言えますね! 江戸は江戸御府内を指します。
これらのことを「江戸しぐさ」と名づけたのが、芝三光師だったのです。

江戸の教え・知恵・人生哲学(心)を網羅したのが、江戸しぐさ、江戸時代はこのよう
   な言い方はございませんでした。 
                                                                                                          和城伊勢代筆


         参考資料:「江戸しぐさ講・浦島太郎からのおくりもの」
               「江戸の良さを見なおす会・桃栗付合記念号

 

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活用例、本・CD

活用例
 
 相手を思いやる気持ち、人とのかかわりを大事にしてうまく生きていくということができなくなりつつある現代人に、江戸時代の生活の知恵を創作ダンスを通じて、子供たちが江戸しぐさに関心を持ってくれて、「思いやり、気配りの大切さ」がわかる人になってほしいと願っています


〇あたらしく「おもき心」が出版されます。
    今回はいろんな方々の支援により出版が実現いたします。
  
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